IT強化

2011年11月14日 (月)

リンク切れ

 自分のサイトにリンクを張るのであれば,本来,そのリンク先にきちんとジャンプするかどうかは,そのサイトの管理者の責任である。このブログでもリンクをしばしば張るが,リンク先が「生き」ているかどうかの確認は,ほとんどしていない。企業などの広報サイトや情報系サイトであれば,リンク切れが起こらないようにチェックする必要はあろう。個人のブログでどこまで「まめ」にそれをするか。リンクを張らずに,引用形式をとるのが,無難だろうか?それにしても,原典を挙げるなりすると,どうしてもリンク(もしくはURL掲載)にならざるを得ない。どちらの方法をとったとしても,「リンク切れ」の責任は,どこかに向かう。

 検索サイトですら,リンク切れを起こすのである。個人のサイトが,自分の書き散らしたブログにそこまでするのか,という考えが比較的強い。どこかからの指摘があれば,訂正するにはやぶさかではない。

 日本語教育能力検定試験は社団法人日本語教育学会が認定している。したがって,主催者団体の,検定試験のページ右上には「本試験は、社団法人日本語教育学会の認定を受けています」(句点無し,ママ)という表示がある。これには,http://wwwsoc.nii.ac.jpというリンクが張られている。http://wwwsoc.nii.ac.jp/ とは,「国立情報学研究所 学協会情報発信サービス」のことであり,2010年7月30日をもって,サービスを終了している。直打ちで,サイトトップに行くと,各学会のサイトが50音で検索できるようになっている。しかし,日本語教育学会は,すでにhttp://www.nkg.or.jp/というURLでずいぶん前からアクセスできる。どうして,検定試験のリンクが前のままなのかはわからない。さらに,これをクリックすると"Not found"になる。「本試験は、社団法人日本語教育学会の認定を受けています」が「指定されたURLは存在しません」では,試験の威厳はかたなしだろう。どうなっているのだろうか。

2011年11月10日 (木)

「第13回図書館総合展」が凄いらしい

http://2011.libraryfair.jp/node/130(本当はタイトルにリンク張りたかったんだけど)

 ボイス・レコーダーで『図書館戦争』別冊へのボヤキを入れていたら,それどころの話じゃないらしい。たまたま,きのうもまた,大学人以外では論文のアクセスが難しいと,このブログでボヤいていたのだが,もっと凄いことが進行中のようだ。

 SciVerseという新しい,論文のプラットフォームがすでにできているようだ。http://japan.elsevier.com/trainingdesk/sciverse_201009.pdf に公開されている(リンクは張らない。読みたい人がコピペで開ければ,すぐに読める)。これはパワポファイルをPDF化したものだから,昨年の今頃どこかで発表された代物のようである。いくつかに分かれていて,バラバラだった論文データ・ベースを統合するのが最初の段階のようだ。つまり,検索が楽になる,という。なんだか,査読までして,論文通過ポイントまで評価してくれそうだ。

 図書館の危機は,「検閲」からの危機ではなく,「不利用」による危機のようだ。ぼくも名前ぐらいは,聞いたことのあるジョンズホプキンズ大学 は,図書館を閉鎖したらしい。「閉鎖」というと誤解を招くが,来館者向けのサービスをやめるということである。「来館」できないのである。閲覧するために,本棚を巡り歩いたり,マイクロフィルムを出してもらって,リーダーで読むということ,資料を借りるということ,が採算(といっても図書館に本来収入は発生しないが)に合わないのだそうだ。情報提供は電子化されつつあるため,紙媒体の「図書を借り出す」人はほとんどいない,という。「書物」という物体の管理から,情報の管理へと「図書サービス」は変化しつつある。

 子供の絵本図書館やサービスはまだまだ残るだろう。しかし,大学図書館で「先行研究」を探したり,引用したりするのは,今後,ますます電子化される。ぼくなんか,引用に「認証」すらつけてもらえると,正確性が伝わっていいのでは,と思うくらいだ。論文の最後の書誌もハイパーリンクが張られるだろう。「先進的」かどうかはともかく,あと3年もすれば,日本の大学図書館もかなり変化する。国会図書館でもどんどんデジタル化が進んでいる。今後は,定期的に電子化されたものと,原本のチェックが必要になる。そうした「科学知識のある」図書館司書的な専門家が今まで以上に増えるかもしれない。

2011年11月 8日 (火)

ボイス・レコーダー

 アイデアは寝ているときにひらめくそうだ。夢のアイデアは「夢と化す」。「寝床にはいつもメモ用紙をおいておきなさい」などとも言う。せっかく,ボイスレコーダーになるiPhoneがあるのだから,読書の最中や気のついたときに「ボイス・メモ」することにした。これって,ハリウッド映画なんかでは,かなり昔からありましたね(TVシリーズでは「Xファイル」なんかでも)。

    ☆    ☆    ☆    ☆

 11/11/03 20:25 「井上ひさし 私家版日本語文法。え~。180ページあたり,やっておくれ,恩に関することがらと『やりもらい』について」
 11/11/03 20:25「私家版240ページ。知覚におけるズレは統語構造上の境界に集中する」
 11/11/04 04:03「井上ひさし 私家版日本語文法。え~。271ページから272ページ。予測。エントロピー小,エントロピー大。エントロピー大は予測がつかないほど作者は読者の心をつかむ」
 11/11/04 05:24「井上ひさし 日本語教室。92ページ。きまり=大和言葉,きそく=漢語,ルール=英語。「きまり」はみんなで「決める」「決めた」。自動詞「決まる」。居体言「決まり」」
 11/11/04 06:13「日本語教室。154ページ。相良守次(さがらもりじ)。日本人が一息で発音できる音節数は,だいたい12~15。『日本詩歌のリズム』(ショメイ)」
 11/11/05 00:55「交感的日本語使用とは,相手の存在を認めたり,人間関係の基本を整えたりする対話のこと。井上ひさし,にほん語観察ノート,198ページ」
 11/11/07 02:35「有川浩,別冊図書館戦争Ⅰ,96ページ。ふりがな「ちょくせつ(直截)」で合っています。心改めたのかなぁ,と一瞬思いました。260ページ。「ちょくさい(直截)』に戻っています。確信犯ではないかと思いました」
 11/11/07 06:42「図書館戦争シリーズ6。別冊Ⅱ。86ページ。「執り成す」漢字表記,これでいいのかな」

    ☆    ☆    ☆    ☆

 どうなんだろう,もっと建設的な意見を吐いているかと思ったら,備忘録と揚げ足とりか。

2011年11月 6日 (日)

実物投影機に関するあれこれ

 今年の日本語教育能力検定試験に「(実物投影機)」を使った問題が出た。「OHC」の説明としての括弧書きだ。
 う~ん。OHCと実物投影機は,本来同じものではない。機能的には同じだが。実物投影機は,小学校高学年か中学に入ってかは忘れたが,自作したことがある。ここで言う「自作」は小学校の工作でできる自作である。簡単に言えば,銀紙(アルミフォイルなぞはなかった)を内側に貼った箱(開閉自由にしておく)の中に電球ソケットを取り付ける。電源は,外からとったように思う。箱には投影用のレンズがはめ込まれ,この箱の中のものが,暗闇のスクリーンに拡大されて映し出される。そういうものだった。自作のものがどこへ行ったかは,40年も経つので発見不能である。母親が捨てた(40年ほど前に)かもしれない。Wikiには19世紀のケンブリッジで作られたものの写真があるが,そんなごついものではなかった。
 その後,31~2ぐらいの頃,日本アイビーエムとパソコンを売りの行脚をしていた頃(アイビーエムはDOS-Vパソコンが売りたい,ぼくはソフトが売りたい,ソフト兼株価データ供給会社は継続契約を結びたい,で組んでいた)に,福岡のパソコン販売店でOHCを見た。何に使ったかは,うろ覚えだ。多分,マウスを使うぼくの手元とか,『週刊チャートブック』(Googleで検索をすると【最も歴史ある株価チャート誌】だそうだ)だかを撮したのだろう。そこの社長に値段を聞いて,買うのを躊躇したのを覚えている。セミナーか何かに使おうと思ったのだろう。
 35からアークアカデミーの日本語教育関連の仕事をしているが,つぎに,「実物投影機」という名称を耳にしたのは,慶應義塾SFCの長谷川恒雄先生か,当時龍谷の永保澄雄先生のどちらかの先生からである。技能実習制度が始まった頃に,JITCOの研修の合間に余談で聞いたのなら長谷川先生なのだが,耳にかすかに残るお声からは永保先生になる。

  ☆  ☆  ☆  ☆

 どちらかわからないのは,内容は慶応に関することだから。
 当時,すでに,慶応では漫画を使った日本語教育に取り組む実践グループがあった。その研究発表を学会(日本語教育学会)で行おうとして,漫画の著作権者の許諾を得ようとして,叶わなかったのだという。漫画は「サザエさん」。著作権を管理していたのは,姉妹社だと思う。長谷川町子はすでに鬼籍に入っていたとか。
 学会発表は,複製を配布することあたわず,実物投影機を用いてこなした,と伺った。

  ☆  ☆  ☆  ☆

 そんなOHCについて「紙媒体ではなくOHCならではの特性を生かした効果的な活用例としてもっとも適当なもの」を選べ,と言われ,ぼくは,会場では躊躇なく「その日の朝刊の社会問題……」を選んだ。新聞のコピーなど,しかも,「その日の朝」と来れば,著作権者の許諾を得ることは「不可能」ではないか。と,ぼくの作成した解答を検定担当者に送った。しかし,待てよ,この選択肢すべてコピー可能なものばかり。つまり,その観点からの出題ではないかもしれない。コピーがその日できないという点では「朝刊」だが,こちらは逆に学習者の人数分「購入」することもできる。ラスパイユにある語学学校へ通っていたとき,別のアリアンス・フランセーズに行っていた学生が,「明日は新聞を買っていかなければいけないんだ」と言っていた。その日の読解が,ル・モンドなのだそうだ。これなら,著作権問題はクリアされる。著作権方面の引っかけにかかってしまった。
 といわけで,正解を「グループ別に作成させ,それらを映してクラス全体にシェアする」に変更した。この問題は,少数派からの乗り換え。正解の選択肢もコピーでいいのだが,クラスに「間」が生じる。やはり,コピーに赴く時間は効果が低いし,カラー・コピーにするかどうか(最近は安くなったんだけどね)はやはり問題だ。

2011年9月27日 (火)

かんたんホームページ作成(ホームページ・ビルダー15)講座

 先週の土曜日,Nifty主催のセミナーに参加した。場所はAVIVA梅田で,正味6時間で1万4千円だった。
 今更ながら,かもしれないが,CSSの使い方もよくわからないし,最近はHTML文書にも触っていない。このブログに写真を入れるときに,少しソースをいじるだけだ。どんな講座でもそうだが,「得るところが何にもない」というのは,まずない。今回も,CSSのタグ,クラス,IDというのはこういうものだな,と気づくことがあった。もっともHPBの操作に失敗したか,うまく画像を納めることができなかった。
http://semi014.la.coocan.jp/
が,ぼくの作ったページ。中に,一部名前が入っている。後はテンプレートのダミーデータに受講生(全員が同じことをする)が手を加えたボタン(それに張ったリンク)と画像だけ。このページはいつまで残されるのかなぁ。
 横900ピクセルは同じでも,アークのサイトは左に寄ってしまう。あちらは,アカウントの内容がわからないし,直接はいじれない。きんきのサイトは,いじれるが,「触らぬ神に~」だろう。岡野塾なんかセンスのいい仕上がりになっているけど,どうやっているのだろう。

2011年9月 4日 (日)

『いかにして問題をとくか』

 ぼくは,あまり信じてもらえないが,誤字,脱字,誤変換を減らそうとつとめている。「噴飯!」と言われそうだが,当人は至極真面目である。誤変換の原因の幾つかは,運指とキーボードの「ずれ」である。同じキーを続けて叩く,右手より左手が早くキーを抑えこむ(のか,やはり利き手の右が早く,たまたまそれが母音に当たったのか)ため,かな一文字については,子音と母音が逆転してそこからの変換が凄まじいものになるわけである。ATOKを普通使うのだが,訳あって,GoogleIMEになると,「っっ」などというものも発生する。ATOKはこのような日本語に存在しない連続した促音の「っ」などは,なかったことにして一つにまとめる。その分,運指は余計にだらしなくなっているようだ。

 タイトルは書名である。昭和29年初版発行だから57年前のものである。これを,徹底的に読むことによって,ぼくのITが強化される(この場合は,もっぱら,誤変換の著しい減少だ)ことを期待している。

 さて,「訳者のことば」がなかなかにいいので,引用する。
 「この本も数学の問題をとこうとする教師と学生のために書かれたものである。訳者は物理学者であって,専門の数学者ではない。それにも拘わらず翻訳を思い立ったのはまず第1にそれが非常に面白い本であること,第2にこれがわれわれの国では余り知られていないが,単に数学を教え,あるいは数学を学ぼうとする人たちにだけでなく,原著者がいっているように自然科学を教え,学び,またはこれを研究する人々にも,さらには叉なにか新しい創造の仕事に携わろうとする人たちならば誰にでも是非よまれるべき本であると信じたからである。」

 昭和29年が臭ってくるではないか。「いい」というのは単純な褒め言葉ではない。「この本」と「(面白い本である)それ」の使い分けはどうだろう。今「訳者のことば」を読んでいるほとんどの読者は,ほんの中身を知らない。文脈上の指示詞は自分の持ちだした受け手の知らないものには「こ」系しか使えないのではなかったか。もっとも,ここまで読み進んだ読者には,「それ」として書き手と共有しているのかもしれない。いや,そういうスタイルで語っている文なのであろう。
 句読点の打ち方,漢字とかなの使い方,もしくは使い分け,妙にかなが多いのは往時の傾向かもしれない。「また」が「又」ではなく「叉」になっているのも50年以上前を彷彿とさせる。

 装幀は「大熊喜英」とある(Google辞書はヨシヒデの二つ目で変換した。このあたりがこのIMEのすごいところ)。表網羅も表紙裏に同じものが並べられている。全く同じである。表と裏とで対称になっているか,なっていない。往時はそのようなデザインが流行したのかしら,ちょっと『暮しの手帖』と似ている。

 中身はまっとうだ。サビルナの参加者たちが,買わずに済むように努めよう。

2011年7月 3日 (日)

テレビはそのまま残るか

 NHKの番組では今のままのテレビとインターネットの共有や共存があるように伝えている。
 本当だろうか?
 

2011年2月28日 (月)

愉快犯か?入試とYahoo知恵袋 

 ぼくなどには,どのようにして行ったのか皆目分からないのだが,同志社,立教,早稲田,京大の入試で,開始直後に問題解答を問い合わせるネット情報があったようだ。メガネのツルぐらいに画像素子が隠せるだろうから,試験を画像で写すことは可能だろう。それを何かの方法で,外部に送信することも多分可能だろう。外部の協力者が、それをタイプし直して,わざわざ携帯電話のアドレスから質問することのほうが不自然だ。もちろん,タイプし直して,携帯に送り、質問部分をコピーし直して,携帯から送ることも大して難しくもない。しかし,パソコンで送るほうが楽だし,プロクシサーバーなどを使えば跡を消せるのではないだろうか。
 ひょっとすると,試験会場で直接携帯を使って質問したのか。それを見逃すほどの監督体制というのが怖い。だから,そんなことはやっていないが,そのように見せかけているのではないかと,ぼくは考える。

 たまたま,法事の関係で弟と一緒だったが,弟は「2浪,3浪している先輩を助けようという内部者の犯行ではないか」という意見を言っていた。そうかもしれない。試験会場で試験問題を見ていて怪しくないのは,監督側の人間でもある。アルバイトで学生が入り込んでいれば簡単だろう。

 しかし,これもまた手が込みすぎているような気がする。

2011年2月17日 (木)

久しぶりの電信八号

 Windows95の時代に使っていたメール送受信プログラムを久しぶりに使ってみることにした。もっとも,受信のみ。資料請求や見学申込のメールから必要なデータをデータ・ベースに取り込むためだ。なぜ「電信八号」化というと,このソフトはメールを1通1テキストで管理する。データ・ベースに加工するのに便利がいい。なぜ使わなくなったのかというと,アドレス帳がぼく好みではなかったから。高度な使い方ができるが,ぼくは,Gmailの補完機能がついているようなものがいい。ものぐさだから。これから夜と,土・日の梅田留守番で,仕上げて行ってみよう。

2011年2月12日 (土)

問題PDF化や音声ダウンロード化

 日本語教育能力検定試験の模擬試験を平成62年度の第1回目よりずっと行っている。最初は,『月刊日本語』を発行しているアルクが行っているほう(2004年まで。以後アルクは行っていない。社内事情か?)が「権威ありげ」だった。向こうはマークシートで,ぼく達は手書きだった。もっとも,平成62年度の第1回は手書きだったそうだ。問題も,鷗外の「舞姫」からの引用にルビを振らせるような,まるで,漢検のようなモノが出題されていた。今年,検定試験が改訂されるにあたり,先祖返りするかどうか疑問だが,そうした漢検的要素は,意外と面白そうだ。
 さて,昨年の模擬試験は在宅受験でスイスの受験者がいた。これまで,在宅受験は,すべて「紙」を送っていたが,スイスの場合,いつ到着するかわからない。PDFで問題冊子とマークシート解答用紙をメールに添付した。試験2の音声による出題は,WAVファイルを添付した。解答が返ってきてから,解説冊子を送った。今後,日本国内の受験者にもそうした方法が採られていくであろう。
 PDFはかなり普及してきた。普及しすぎで,本来的な機能を失っているものも使われている。最近増えてきたのは「自炊」によるもの。木曜日に電子書籍の打ち合わせできてくれたOさんは,ぼくが知らないと思ったのか,「書籍をバラバラにした後,ページごとスキャンしてPDF化する『自炊』というのもあります」といっていた。ぼくも電子書籍については少し調べていたし,そういう名称が付けられる前に「自炊」したことがあった。Microsoft Office Excelの400ページぐらいあるマニュアル本をめくるのが面倒くさくて,学校にある複合機でPDF化した。複合機も便利で,カラーコピー,プリンタ,スキャナー,FAXと何でもありだ。スキャナーは,当然のごとく両面自動原稿送りである。「自炊」という名称は知らないし,書籍をバラスのではないが,入国管理局に出す申請書類は,申請者ごとにPDF化されている。
 本来的な機能を失っているもう一つの例は,省庁のサイトなどにあるPDF。本来のワードファイルから直接出力すればいいのに,一度「紙化」したものをスキャンしている。元のデータがなくなったのだろうか。文化審議会国語部会漢字小委員会の最初のほうの議事録がこのタイプである。PDFは単なる画像ファイルではない。透明テキストと呼ばれる,元のデータが含まれているのがいい。デジタルコピーができるからだ。コピー&ペーストについては賛否両論があるが,文化の共有という観点からは積極性を認めるべきだと思っている。なまじ,コンピュータソフトウェアなどに著作権を認めたのが間違いだと思う。アメリカ合衆国の「知的財産権」戦略に乗せられてしまった,と思っている。せいぜい,特許権だろう。
 閑話休題。PDFの正しくない使い方のもう一つが,日本語教育振興協会の日本学生支援機構から出てきた資料のPDF化だ。これも「紙」をスキャンしている。影が映ったり,傾いたりしている。しかも,これをプリントアウトして欄を埋めろ,となると,本末転倒だろう。PDFは,そもそも空欄入力できるものがある。http://www.adobe.com/jp/epaper/eform/によると定型書類のデジタル化には4段階あるそうだけど,日振協のやっているのはスキャナー利用の第1段階でしかない。第3段階まで行けば,日振協の職員は,半分以下にはできるだろう。

 今年の模擬試験は,在宅はPDFとWAV中心になる。そして,会場受験と同時(実際にはプリントしたい人もいると思うので1時間前)に問題冊子と解答用紙をメールで配信する。解答は,メールで10分以内に返信していただく。いっそのこと,解答用紙をサイトに掲載して,選択肢を選んで,フォーム送信にしてもいい。または,プリントした解答用紙を携帯などで写メを送ってもらう方法なども考えられる。1週間前に解答回収について事前練習をすると問題は少ないと思う。試験2は,音声をネットで,これまた会場と同時に流す。試験日の5時頃から,音声データをダウンロードできるようにもする。会場受験者のうち希望者には,CDも配布する。
 受験方法が増えれば,模擬試験の受験者も増えるのではないか?