会読会では,小説を採り上げない。だから,タイトル本の要約を作ることはないだろう。ここ二日ほど,井上ひさしを立て続けに読んだ。新しく買ったものではなく,以前求めたものを機会を計っていたら,白内障の手術で,16日ほど酒が飲めない。別に,四国八十八カ所(内,27番までしか行っていない,いわゆる「区切り打ち」)を歩いたときは,酒はなかった。飲む気もなかった。飲もうと思えば飲めた。しかし,歩きながらなので,読書はできなかった。酒を飲みながらの読書もいいが,まとまって飲まない期間があると,普段より2倍ぐらいの読書量になる。ぼくは,買った本を,すぐ,端から端まで読む,というスタイルは採っていないので,今回はちょうど良かった。また,岡野塾で出た,目次とタイトルを見て,「ここが胆(キモ)」という読み方もやってみた。
昨日読んだのは,3冊。『日本語教室』『にほん語観察ノート』が井上,『外科医須磨久義』が海堂尊。
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『日本語教室』は,井上が出身の上智大学で4回講義をするというもの。
帯から拾うと,母語は精神そのものです/言葉は常に乱れている/朝日新聞の「新」の自が意味すること/東北弁は標準語だった!?/芝居はやまとことばで/「美しい日本語」などありえない/茂吉の名歌に学ぶ/音読のすすめ/駄洒落の快感/日本人に文法はいらない/モンゴル語を勉強した司馬さん/世界に開かれた日本語に,である。
中では,「スペイン語が国連公用語になった理由」が面白い。ぼくの不明を恥じたが,果たして井上の解釈でよいのか?しかも,この節は,タイトルと節末の結びがバラバラで小論文としては落第点に近い代物である。しかし,井上の文章は,読みやすく,したがって,岡野さんの言うように「忘れやすく」,果たして,永遠に心に響いたり,頭の片隅に残ったりするのか,霞のように不明なところが魅力である。
例えば,スペイン語が国連公用語に採用されたのは,第二次世界大戦中に,中立国として,枢軸国と連合国が戦っていく過程で生じる悲劇を「徹底的にカバーした」からだという。そうして始まった節の結びの段落が,「日本語をちゃんと何不自由なく使っているわれわれが,どうして日本語をもう一度勉強し直すか。それには,こういう状況があるからですよ,ということを,まずお話しいたしました。」では,節鯛がちんぷんかんぷんだ。おそらくは,井上には責任がないのだが,講義は限りなく話し言葉,また,井上のものは即興が多分に多いのだろう。あとから編集した誰かがインパクトのある題目を掲げたのだが,「羊頭狗肉」に近いものになったようだ。
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続いては,「にほん語観察ノート」。「1999年から2000年にかけて、読売新聞日曜版で連載されていたコラムが1冊の本になったもの」だそうだ。中公文庫版のp253から「二十一世紀の流行語」とある。1999年8月1日に掲載されたもののようだ。
共同通信7月18日ロンドン発の記事を引いている。

岡野塾と同じテーマを12年前に書いているのだが,その頃のデータでは,地球人口は「2013年には70億人」とある。2年も早く,目標(予測?)に到達したわけだ。こうしたことを見るに付け,新しいものばかりを追いかけてはいけない,と自戒する。ほんの10年ばかり前でも振り返ると,「歩みがのろい」のか,「早い」のか,変化はあったか,亡かったかを見る機会を与えてくれる。
p135には,「拗音の直音化」とあり,この頃に,アナウンサーが「手術(シジュツ)」といっているという愛媛からの当初を受けて,井上が考察している。そして,「わたくしが専属で書いていたころの話ですが,「シュ,ジュを含む発音のことばの中で,発音しにくいものがあれば,シ,ジに近く発音することも認める」(「文研月報」65年4月号)と決めていました」と紹介されている。46年前にNHKは「直音化」を許していたのである。何も10年そこらの流行でもなかったのだ。もっとも,そんな典拠を示されなくとも,現象には,なにがしか気がついていたし,ぼく自身が「言葉とは,替わるものだ」という実感を強く,持っていたので,気にならなかった。気にはしていたが,所詮そんなものと諦めていたのかもしれない。
それにしても,役所というのは前例を踏襲したがるのに,カタカナ語を導入したがり,横の部門との違いを強調したがるのだろう。PKOでの外務省と防衛省の諍いがあるようだが,結局は,縄張り意識が強いのだろう。
もう一つ,p53からあるのが,「語彙数推定テスト」はどこかでやったことがあるような,ないような。50並べられた語彙の何番までが分かり,その次から分からなければ,被験者の理解語彙は推定n語というようなものだ。ところで,これは飛び越すとどうなるのだろう。43番の「辻番」を説明できるけれど,42番目の「告諭」は知らない,とかはどれぐらいになるのだろうか。45番の「輪タク」は知っているけれど,44番の「ライニング」は聞いたこともない,ということもあるだろう。これの元になった,NTTコミュニケーション基礎科学研究所は,今何やってるのか,ちょっとサイトをのぞいてみよう。
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海堂尊は,医師であり,『チーム・バチスタの栄光』以来,ヒット作を連作している。昨日,『外科医須磨久義』を読もうと思ったのは,とてもミーハーな動機である。原作は読んでいるが,映画は見ていない。どこで読んだのか,多分,『ブラックペアン~』の後ろに付いていた対談。吉川は,準主役の天災外科医を演じたらしい。その指導に,須磨久義が当たったそうだ。

これも,単行本の割に1,200円と安く,これは,ベスト・セラーだからだろうか。奥付を見ると2009年7月に1刷,8月に2刷になっている。ベスト・セラー作家のものだから3万部ぐらいは出たと思われる。
須磨は1950年の寅年生まれ,神戸の出身で,甲南中・高から大阪医大へ進む。現役だ。そうした,挿話で綴られたもので,海堂自身も,須磨の語りをまとめたものと,解題からという風に最初からネタばらしをしている。読んでいる(ほとんど映像感覚のもの,途中から,使われている外来語を漢語か和語に置き換えられないか,と考えながら読んでいたので,ドキュメンタリーというよりラブ・コメ並みの小説の読み方)と,「あれっ,これって,プロジェクトX向きじゃん」と思っていたら,本当にやっていたのだ,それも10年以上も前みたいだ。
「神の手」と呼ばれる心臓外科医の存在と須磨の名前が,ぼくの脳でリファレンスがとれていなかったようだ。呼んでいる途中でも「バチスタ」が人名だから,当然「スマ」という術式が出てきてもおかしくないのに,これが「須磨」の名前由来だと分かるのに数ページも行き過ぎた。アメリカの医師の所感の中に「スマ等」とあり,スマートなんちゃらの略の「スマ」だと思っていて,これに「等」が付くのはおかしいよな,と5ページぐらい戻ってみたが,スマートもスマイルも見当たらず,あ,そうか,と思った次第である。
須磨の手術は早いらしい,いや,早かったらしいと言うべきか。同時に始めた公開手術が佳境に入る頃に,須磨はすでに手術室から出て,会場で,オブザーバーたちと別手術のモニターを眺めていた,という逸話があった。須磨に言わせると「早さ」とは,どれだけ,イメージができているかだという。ネガティブなイメージから始まり,それを克服する過程をイメージし,手術室に入る頃には,手術終了,成功して出てくるイメージを持つのだそうだ。
だから,無駄なことはやらない,いきなり本線に取りかかる。傷口の縫合も急ぐのではなく,リズムをとって休まない,ということらしい。
プロジェクトXのDVDは単体売りをしていない。7巻セットで26,600円である。ビデオは教材としても,本書はどうしよう。研修用の書籍とするか。